平成31年3月11日発行の、週刊保健衛生ニュース 第2000号に、宇田英典先生、多々羅浩三先生、宇都宮啓先生の、対談記事「新たな時代の公衆衛生」が載りました。
良い記事なのですが、なんせ「対談」なので、話が長くて、文字にすると読みにくい!
そこで、個人的に要約したものを、ここにメモとして載せておきます。後半はかなり省略して、歴史を振り返った部分を中心に載せました。
いや、これでもまだ読みにくい・・・。
---以下、要約して引用---
新たな時代の公衆衛生
<1950年代~70年代>
日本の公衆衛生は、貧困、不衛生、重労働などの劣悪な環境を背景に、結核や乳児死亡など深刻な課題が全国共通して見られた。これに対して、早期発見、早期治療、生活支援、衛生思想の普及など、保健所の事業を軸とした公衆衛生施策が遂行された。
<1978年>
・WHO国際プライマリヘルスケア会議@ソ連のアルマ・アタ。「Health for all by 2000」宣言(のち、これにならって日本でも「国民健康づくり計画」が発表された)。
・3月20日:週刊保健衛生ニュースが刊行。
<1980年代>
経済成長を背景に生活習慣が変容した。その結果、健康課題が多様化し、市町村の活動の推進が不可欠と言われ、「地域保健」という言葉が出てきた。
<2000年代>
平均寿命の伸長で高齢化が進み、自分の健康は自分で守ってもらう必要性が出てきた。
<2019年現在>
課題:後期高齢者人口の増加。独居高齢者の増加、心身のケアを要する高齢者の増加に対して、福祉や介護との協働、地域包括ケアシステムの推進に取り組んで地域保健体制を構築することが不可欠。
<日本の医療提供体制の歴史的特徴>
国民皆保険制度と、市町村の保険事業の充実という基盤があって、死亡率の画期的な減少が達成された。医療保険制度は「症状」の診断から始まるため、限界があり、これを補完するものとして、市町村の保健事業、基本健康診査が実施されてきた。一方、死亡率の減少は達成したが、医療費高騰を招いたため、結局は国民の医療依存の傾向をつくっているのではないかと認識されるようになった。そこで、老人保健法をもとに1983年度に実施された基本健康診査が廃止され、2008年度からは保険者に実施を義務付けた特定健診・特定保健指導が発足した。また労働安全衛生法による定期健康診断の受診者にも保健指導が実査されるようになった。
<保健所設置の歴史的意義>
1970年前後に、制度として保健所の充実が進められた。これは全国一律の公衆衛生施策を展開するために大きな基盤が構築されたということである。医師、保健師、監視員、薬剤師、栄養師などの専門ライセンスを持った人たちが配置され、制度に基づき仕事を進めたことが画期的であった。
保健所活動のベースには、統計、保健医療の情報があった。たとえば医療施設調査、人口動態統計、患者調査、国民健康栄養調査などは、保健所を介して国に報告され、また保健所がデータを活用できる仕組みが構築された。健康状況と健康リスクの経時的情報の収集、健康危機事象の把握と対応、任意の公衆衛生研究があり、70年前にこうした仕組みが作られて、国として一律の公衆衛生活動を展開してきた。
PDCAサイクルを、質の高い専門職の人材が配置された保健所で回せるように、国が制度として取りまとめたことが、公衆衛生の基盤になった。
また、保健所法でもあったように、地域保健法の保健所の事業に「人口動態統計その他地域保健に係る統計に関する事項」があるが、これはもともとデータを保健所に集めて、それを踏まえて政策を展開するという思想の現れであった。専門家集団がデータを取って、施策を立てて、効果を検証して、次の施策につなげていくということが70年前にできた。
保健所長には様々な権限が与えられた。たとえば食中毒では、情報が入ると直ちに権限を行使して調査し対策を行えるということは、危機管理の面で果たせる役割が大きい。
中央と地方の役割は、中央が根拠となる法令を定め、地方が対策を現場にあわせてやる、という住み分け。昔は公衆衛生の底上げが急務だったので、もっと中央集権的な要素が強かった。母子保健も基本的には地域保健法ができるまでは保健所を中心として都道府県が委任されて検診をやっていた。
<地域保健法の制定>
戦後からすぐのところでは、まだ生活環境に課題があった。1961年に国民皆保険体制が発足してようやく医療アクセスが改善した。さまざまな改善を経て、課題は身近なところで対応したほうが便利がよいことにシフトしていった。
そんな中、1994年に地域保健法が制定され、市町村全体のレベルアップにつながった。2000年には健康日本21が発表され、健診を受けましょうという2次予防が多かったのが、科学的根拠に基づいた目標を掲げて1次予防やゼロ次予防にシフトした。
<保険制度による特定健診・特定保健指導>
1996年、成人病が生活習慣病と改称。
その後、阪大の松澤教授がメタボリックシンドロームの概念を発表し、平成17年に診断基準が決定された。平成20年4月に、税金による(老人保健法に基づく)基本健康診査の制度が廃止され、保険制度を基盤とした特定健診特定保健指導が発足した。
日本の医療、介護、年金を含めた社会保障の財源は、税金が4割、保険が6割という構造だったが、公衆衛生は基本的に税金で行われた部分が大きかった。その中で、保険制度を基盤にしてスタートした特定健診・特定保健指導は、基盤の安定という意味で大きい。
かつて全国の市町村が税金を使って実施していた基本健康診査は、予防と言いながら、やっていることは早期発見早期対応だった。しかし、特定健診は、生活そのものの改善によって「予防」できるという意味が多きかった。これが疾患になる前の上流対策の「本格的予防」につながった。
そして、工夫次第で受診率は向上するむきがある。開始時から受診率が高かったのではなく、インセンティブの話や、保険者としての責務、医療費の増高に対する首長の意識があり、医療費の伸びの抑制に対して何らかの働きかけをするという流れが特定健診・保健指導ででてきて、進んだ。
特定健診・保健指導は、地域の特性を考慮して、地域が独自の取り組みをすすめるという時代にあった制度ではある。しかし、最近は少し行き過ぎており、地方分権された業務を国に返したいと思っている自治体もある。その最たるものが医療の確保で、人口減少や高齢化、過疎化も関わると、限界がある。
医療費抑制のために健康づくりを頑張るというのは違う。医療費・介護費の抑制を前面に押し出してそればかりが目的であるという健康づくりは抵抗がある。保険制度を軸に動いていると、経済が先で、健康が結果として受け取られてしまう面がある。
<地域医療構想の展開>
地域包括ケアシステムの中に、地域医療構想が入っている。
地域包括ケアシステムは、予防から医療連携、地域ケアまでの一連の流れを、住まいの生活支援で支えていく概念。このうち予防、医療、地域ケアを支えるパーツの1つとして、医療がある。この医療が効率的・効果的に展開するための医療計画には、将来の医療需要を見越す対策が入っている。
地域包括ケアシステムの中に、地域医療計画があり、医療計画の一部を地域医療構想が占めている。
混然一体とした連携を進めるために、たとえば医療側は、大学病院でしか働けないような専門分化した医師ではなく、地域全体のヘルスの現状や介護・福祉の制度なども分かる医師が必要。福祉側は、介護福祉士のカリキュラム改正で、医療的な内容が盛り込まれた。つまり、医療・介護・福祉が、徐々にクロスオーバーするとよい。地域医療構想は、そのものが、意識を醸成するプロセスである。
特に重要なのは、在宅医療の受け皿の部分が、地域包括ケアシステムの地域ケアの部分と重なるところ。介護保険者である市町村や住民代表も加わって協議している。
医療は二次医療圏単位がベースになっているが、在宅医療は二次医療圏では大きすぎるので、市町村単位で考えることになる。
地域医療構想は、病院側が自分の病院がつぶれないように将来の医療需要を見越して努力するだけではなく、二次医療圏単位で協議の場を作り、介護保険者、住民、医療機関、都道府県を含めて、地域全体で病院経営についての問題意識を共有し、方向性を打ち出す必要がある。
<DHEATの誕生 避難所運営の課題>
略
<社会医学系専門医への期待>
勉強する人はするし、しない人はしない。トレーニングする場所やシステムはなく、自己努力によって資質を高めるしかなかった。この専門医制度は、全体の底上げという意味がある。
ほか略!
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