Maskeri Hiremo
マスケリ・ヒレモ~平野雅穏のブログ、日記、メモ, et al~
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2026年10月12日月曜日
レース振り返り:2026年10月11日:2026長浜市あざいお市マラソン(ハーフ)
2026年10月9日金曜日
レース振り返り:2026年9月21日:信越五岳トレイルランニングレース100mile
レース振り返り:2026年9月21日:信越五岳トレイルランニングレース100mile
<記録>
32時間40分44秒(制限時間33時間)
男女総合282位/完走323人中/出走747人中
完走率:43.2%
<距離>
大会発表:163km 累積標高:7100m
大会GPX:162.1km 累積標高:6918m
走行実測:161.4km 累積標高:6780m(coros vertix2)
<出場までの経過>
・信越五岳を知ったのは5年以上前で、いままで何度かエントリーを試みたものの、クリック合戦で敗けていた。その過程で「110kmよりも100mileのほうがエントリー受付終了までに少し時間がかかる(エントリーしやすいかも)」ことを知った。今回は最初から100mile狙いでエントリーしたところ、「宿泊なしプランならエントリー可能」だったので、登録した。エントリー完了したときには、正直、「あれ?通っちゃった?」と信じられない気持ちで、実感は湧かなかった。2026年4月の出来事だった。
・信越五岳の100mileは制限時間が厳しいと分かっていたので、完走できるかどうかは半信半疑。2023年に走ったUTMFは40時間かかり、そのうちエイドに使った5時間を引いたとしても、信越五岳の33時間には足りない。だから走力で補うしかない、これはエントリー時点で分かっていた。
・lake biwa100に出場するには、itraの100mileカテゴリーで500ポイント以上が求められるが、私はまだそこに達していない。そこで信越五岳の100mileで完走してitraポイントを上げたいという狙いもあった。
<大会前の練習記録>
2026/4:198km 5212mD+
2026/5:266km 10129mD+ (aso volcano出場)
2026/6:200km 2508mD+
2026/7:238km 4220mD+
2026/8:350km 5661mD+
2026/9:163km 3808mD+(ナタショウ出場。信越五岳前の記録。 )
信越五岳の準備レースは、5月のaso volcanoと、9月のナタショウ。本当は7月にもレースに出たり、試走に行ったりしたかったが、時間がとれなかった。
「暑さ対策」を意識していたので、8月は距離よりも「短時間でパッと終わる練習を"毎日"」やることを意識した。実際、8月に走った日数は30日に達した。
2026年4月からを振り返ってみると、そんなに多く練習したワケではないと分かる。せめて毎月300kmほしいと思うが、今回はこれ以上はムリだったとも思う。
<前日~当日に心掛けて良かったこと>
・体調の良い状態でスタートを迎えるために、2週間のカフェイン抜き、アルコール抜きを実施した。その上で、長距離移動があるので、スタート会場近くの宿に前泊した。可能な人は前泊したほうがいい。
・信越五岳セミナーで石川さんが言っていた「余計な事をしない」をとにかく守ろうと思い、実際にこれが一番良かった。前泊でも緊張して寝られないとか、時間があるからyou tubeやテレビを見るとか、そういうことをしたくなる。でも全部やめて、夜9時半には就寝した。レース当日も受付を済ませたあとは早々に移動して、車中で極力休むようにした。多少の緊張もあり、ずっと睡眠をとっていたワケではないけれど、余計なことはしなかった。本当は受付会場で写真を撮りたかったけれど、行列ができていたので、あきらめた。おかげでレース中に眠たくなることはなかった。
<靴>
nnormal tomir2.0 2024(スタート~黒姫までの99km)
nnormal kjerag2.0 2026(黒姫~フィニッシュまでの64km)
「kjerag2.0」が素晴らしかった。ラグは深くないのに、滑りそうな石でも滑らないし、安定しているから安心して足を任せられる。唯一「値段」がネックだけど。
<ポイント通過時間とエイド所要時間、エイドで食べたもの>
<持参した補給>
・食べ物:カロリーメイトゼリーと魚肉ソーセージだけを持ち、どちらかを1時間に100kcal摂取するだけで「ジェルは一切使わない」ことにした。 やはりロングトレイルではジェルは使わないほうがいい。結果、最後まで気持ち悪くなることなく、むしろお腹はペコペコになってエイドでしっかり食べられる状態で、最後まで行けた。
・飲み物:600mlボトル2つ。1本にはtop speed のultra mineral tabletを3粒いれ、もう1本にはgu roctaneのsummit tea(カフェイン入り)をいれる。スタート後、ultra mineral tablet はエイドにあったメダリストのクエン酸飲料で2粒いれる。これで飲み物からもカロリーを摂取することができた。
足攣り対策として、水分摂取が不足しないように努めたところ、対応が奏効し、足を攣ることはなかった。やはり水分摂取は大事だ。
<長野県の山とトレイル>
・今回はなにより「豪雨」のレースで、長野の山の保水力がハンパないことを思い知らされた。雨が上がったあとも、山の中は水が豊富で、標高が高い山中であっても至る所に川ができて、山中では水が流れる音ばかり聞こえた。トレイル自体が川になって、木道が水で完全に浮いている場所や、腰まで水に浸かるような場所もあった。暗くて見えないけれど、トレイルのすぐ隣に雨のせいで川ができて音が聞こえる場所もたくさんあった。
・トレイルはぬかるみだらけで、復旧はムリだろうと思ったほど、道は大量の泥と化していた。トレイルの元の姿が分からないけれど、普通の登山であれば絶対に進まない状況になっていたので、来年度以降も大丈夫なのか、スタッフの人たちは復旧に苦労するだろうなあ、と思った。
<ドロップバッグの使い方>
・ドロップバッグは、アパ53km地点と、黒姫99km地点に設置できた。補給食は数を事前に準備して入れるが、靴、靴下、ウェアは、天候を見て替えるタイミングを計る。
・アパ53km地点:「まだ雨が降っている」ことを想定して、靴や靴下は替えない。上のインナーとシャツは着替えた。
・黒姫99km地点:靴と靴下を交換。上のインナーとシャツも交換した。手袋、アームカバーも着けた。
<持っていて良かったもの>
・腰ライト:ライトは基本的にヘッドライトと腰ライトの2つを同時に使うスタイルで走った。天候から霧が出ている区間も長く、ヘッドライトで照らしても光が霧散してしまい、かえって前が見にくい。そんなときは、ヘッドライトを消して、腰ライトだけにすると、光が霧散することもなく、とても快適に走ることができた。
・手袋、アームカバー:分厚いものでなくてよいので、少し寒くなった場合に念のため持っておいた。これが2日目の夕方からとても役に立った。
・薄いウィンドシェル:これも分厚いものでなくてよいが、濡れたレインをずっと着ていたら冷えてしまっただろう。レインはザックにしまい、薄いウィンドシェルにしたら、ちょうどよかった。もしシェルがなかったら、戸隠あたりでは寒さで震えていただろう。
<走り:全般を通して>
・正直、細かなことは、あまり覚えていない。エイドの順番や名前は、レース前に覚えきれなかったし、関門も覚えられなかった。そんなことを覚えるより、とにかくレースに集中して、進むしかないという状況だった。
・希望としては、2日目の夜中1時くらいまでにゴールしたかった(30時間前後)が、33時間かかることも想定していた。そして、実際に33時間ギリギリになった。
・2日目の昼間も走ったはずなのに、夜があまりに長く、印象が強烈だったので、日中に走った記憶があまりない。そして走っているそばから「さっきどんなコースを走ったっけ」と忘れるほどで、エイドの名前も気にしていられなかった。
・「33時間ギリギリ」になったのは、最初から計算していたワケではないし、走りながら調整できたワケでもない。とにかく完走すると自分に言い聞かせて進んだら、結果的にギリギリでゴールできた、ということ。制限時間が絶妙なセッティングだったということ。以前、奥三河パワートレイルを走ったときも、制限時間に間に合うかどうかハラハラしていた気がする。石川弘樹さんプロデュースのレースだからかな、と走りながら感じた。
・今回は、「間に合うかどうか」ということが、ほとんどずっと頭の中を支配していた。前半の悪天候とぬかるんだトレイルがあまりに厳しかったので、「これでもしDNFになっても、完走できるイメージがまったく持てない状態になって、二度目のエントリーはしないだろうから、今回はぜったいに完走しなければならない」と思っていた。「間に合うか?」「絶対に完走したい!バックルもらうぞ!」この2つばかり、頭の中で繰り返していた。
<走り:スタート~アパまで>
・スタート時は、いつもの通りテンション低め。石川さんも「スタートで興奮してペースを上げないように」と言っていたので、ちょうど良かった。大雨の中で花火が上がるのを初めて見て綺麗だったけど、1つ2つ仰ぎ見るくらいにして、あえて「感動しない」ように心がけた。
・スタートからの大雨は、アパに着くまで続いた。その結果、山は水を含み、道はぬかるみ、足は膝下まで泥に浸かり、下りは転んだままお尻で滑ったほうが早く進めると思えるほどだった。私が転んだところに他の選手の足が来て手を踏まれたこともあったな。
・時間を気にしないレースであれば、この豪雨はアドベンチャー感があって楽しいもので、貴重な経験をさせてもらったと前向きになれると思った。ただ、どう考えても制限時間が頭をもたげる状況で、バンフ(19km地点 )に着いた時には「制限時間が延長される措置はないのか?」と思ったほど、周囲の進み具合は悪かった。赤池(33km地点)に私が到着したときは、係の人が「まだ2/3の選手がたどり着いておらず、山の中にいる」と言っていたが、完走を目指すならすぐ次に進まなければ間に合わないことが明らかだった。あとから振り返ると、やはりアパ(53km地点)までに、200人以上がリタイアしている。あの天候とトレイルの状況では、当然の結果だなと思った。
・とはいえ、冷静に考えると制限時間の延長はムリで、大会は予定通りに進めるしかない。なぜなら、ゴール地点のバス運行や、翌々日の表彰式まで時間が決まっているからだ。「時間延長の特別措置はありえない。だからどのような状況でも進むしかない。」と思っていた。
<走り:アパ以降>
・練習でも、レース前日も、アパに至るまでも、やれることは全部やったし、たとえばこれ以上ペースを上げるとかはムリな状況だった。だから「もしこれでどこか関門アウトになっても、仕方がない。だから関門アウトになるまでは、とにかく前に進む。自分の意思では絶対に止めない。」と思うことができた。
・アパに着いて空を見上げたら星が出ていた。これ以降は雨が上がると読んで、レインをしまい、ドロップバッグから上だけ着替えたところ、これが大当たり。せっかく着替えたのに、濡れたレインを着ていたら、身体が冷えてしまうところだった。
・太陽が昇ったが、明るい時間の記憶がない。コースを覚えていなかったので、「チャンピョンゲレンデ」がどこなのかも分からず通り過ぎた。
・「上り」は確かにあるが、全体的には下り基調で、それは後半になっても変わらなかった。
・私設エイド?で、石川弘樹さんがいらっしゃって、応援してくれた。これが本当に嬉しかった。パワートレイルのときもゴール前の参道に弘樹さんがいてビックリしたなあ。
・エイドに着くごとに、お腹がペコペコだったので、腸の調子は良くて助かった。「ジェルを一切使わない」のはロングトレイルでは良いようだ。お腹がすき過ぎないようにするために、補給は「米」でも良いかもと思った。
<走り:戸隠スキー場~飯縄林道~フィニッシュ>
・後半になると、山の中の1kmが、信じられないほど遠く感じた。スタッフがいろいろな場所で「エイドまであと3kmです」「あと1kmで下りは終わりです」とか言ってくれる。普段ロードの3kmなんてすぐだし、1kmなんて5-6分なのに、山の中の1km、2km、3kmが、途方もなく遠く感じた。
・戸隠スキー場:夜中だが、このエイドでは蕎麦を5-6杯食べたほど、お腹が空いていた。そして寒かった。ウィンドシェルやアームカバーをしていなければ、寒さで動けなくなってリタイアしていたかもしれない。そして、あまり長く滞在しているとゴールに間に合わなくなるという自覚もあった。
・飯縄林道:ここまで来たら、もう最後はゴールに向かうだけ。ただし、ホッとしてはいけない。「飯縄林道からゴールまで2時間もかからない」とスタッフが言って、それを聞いて安心している選手がいたが、不必要なエイドの滞在がDNFの原因になる。そう思って、休憩することなくエイドを出発した。
・フィニッシュ前:時計が示す「残りの登り」は0mになったのに、まだ登っていると感じる。ゴールまでの距離もないはずなのに、まだ着かない。GPXが示す距離を当てにしていると、最後の最後でゴールまで実はもう少しあって「間に合わなかった」ということが起こりそうだと思った。だから、ゴールしたければ、本当に最後の最後まで気を抜いてはいけない、あきらめてはいけないレースだ、と感じた。
<フィニッシュ後>
・フィニッシュ会場は熱気に包まれていて、ゴールした安堵感で満たされたが、休憩できる部屋に一度入ってしまうと、外が非常に寒く感じられ、ブルブルと震えていた。足が痛くてトイレに行くのも億劫なので、水分は摂らず、ドロップバッグを回収して早々にバスに乗り込んだ。
・スタート地点近くに停めた車に戻り、朝6時過ぎまで車中で仮眠した。ホテルの風呂が使えるようになってから、風呂で汚れを落とした。
・表彰式およびバックル贈呈式の会場駐車場でまた仮眠。バックル贈呈式では、パワートレイルのTシャツを身に付け、石川弘樹さんに直接感謝の意を伝えることができて、1つ目標を果たすことができた。
・ゴール前までは「絶対にバックルもらうんだ!」と思ってそれが完走の励みになっていたのに、いざバックルをもらってしまうと、レース中の物欲はどこに消えたのかというほど。人間の感情は不思議だ。
・完走者には、後日、フィニッシュ時間が書かれた木製パネルが送られてくることをあとから知った。これは嬉しい誤算だ。
<ダメージ>
首の痛み、後頭部の痛み、脇の擦れ、前腿の筋肉痛(ひどくはない)、足趾3本の爪が剥がれた、足首の水ぶくれ。
・首の痛み:豪雨でトレイルが悪くて、ずっと足元ばかり見て同じ姿勢だったからか、首の後ろが痛くなり、首が回らなくなった。
・後頭部の痛み :帽子とヘッドライトの締め付けのせい
・脇の擦れ:テングバームを塗ったが、アームカバーをしたあとで脇が擦れるようになった。アームカバーをどこまで上げるか、工夫が必要だ。
・前腿の筋肉痛:ゲレンデの長い下りで使いすぎた。フォームの問題。
・足趾3本の爪が剥がれた:両小指趾は、長時間湿って、ふやけて、靴ずれを起こした。左拇指は、爪が長くて、靴に当たってしまい、爪の中に血豆ができた。足のケアをもっとやる必要がある。
・足首の水ぶくれ:今回のダメージで一番重症だった。原因は、泥が靴下の中まで入り込み、表皮と擦れてできたもの。エイドには足を洗う水が用意されていたのに、靴下の中までは洗わなかった。後半徐々に足が痛くなってきていたが、あとから思えばこの痛みだった。選手の中には、エイドで足をきれいにして、泥も落とし、ドライな状態を保っている人もいた。私は膝まで泥に浸かっても、そのまま放置していたし、黒姫でせっかく靴下と靴を新しくしたのに、そこであまり泥を落とさずに靴下を履いた。その結果、泥が乾いても靴下の中で皮膚と擦れ続け、傷つけることになった。
<写真とゴミ>
2023年のUTMFと同じく、レース中は写真を1枚も撮る余裕がなく、ゴミを拾う余裕もなかった(幸い、ゴミはあまり見かけなかったけど)。自分でも「余裕がない」という自覚があって、写真とゴミ拾いは諦めた。
<フィニッシュするために最も大事なもの>
・事前に大事なもの:周到な準備と、前日~当日に余計なことをしないこと
・当日に大事なもの:エイドは通過するところ。最後まであきらめないメンタル。
<次回、走るときに改善したい点>3つある。
1.あまり後ろからスタートしない。スタート後に抜かれることは気にせず、臆せず前のほうに並ぶ。
2.足についた泥をエイドで洗い流し、できれば足はドライに保つ。
3.エイド滞在時間の短縮(合計1時間30分以上かかっている・・・)
なによりも1と2を改善できるだけで、レース運びはかなり異なるものになったと反省している。
2026年9月13日日曜日
レース振り返り:2026年9月6日:第4回ナタショウトレイルランニングレース
2026年8月4日火曜日
第84回日本公衆衛生学会総会のメモ
感染症診査協議会の統廃合に関する意見
「結核に対する就業制限に関する実態調査へのご協力のお願い」に対する答え
2026年5月17日日曜日
レース振り返り:2026年5月9日:ASO VOLCANO TRAIL:ロング(114km)
2026年4月19日日曜日
レース振り返り: 2026年4月19日:第43回OBAMA若狭マラソン大会:ハーフ
レース振り返り:2026年3月8日:第4回びわ湖マラソン:フル
レース振り返り:2026年3月8日:第4回びわ湖マラソン:フル
<記録>
グロス3時間34分36秒、ネット3時間33分35秒
1545位/7600人くらい
<靴>
Nike Zoom Fly 6 PRM 2025モデル
<走り> 撃沈。 3:30切れなかったなんて久しぶりだ。 めっちゃ寒かったので、スタートからゴミ袋かぶってました。それをハーフ過ぎてから捨てたら、気化熱で一気に冷えてしまった。手袋してたのに手がかじかんで、25キロ過ぎからはジェルを切るにも手に力が入らず、沿道の係の人に切ってもらうという事態に。 さらに両足と腹筋を攣って、脱水だと気がついたのは38キロあたり、時すでに遅し。ゴール間近で両手がしびれ始め、這々の体でゴール。 前半かなり押さえて入ったので、ハーフ過ぎで3:15狙える!と思ったのになー。低体温と脱水は併存することを体感しました。 いやー、大反省。
レース振り返り:2026年2月22日:第40回宇治川マラソン:ハーフ
レース振り返り:2026年2月22日:第40回宇治川マラソン:ハーフ
<記録>
1時間39分14秒 総合159位/1457人中 40歳以上男子38位/388人中
<靴>
Nike Zoom Fly 6 BLK 2024モデル
<距離>
21.1km、D+336m
<エイド>
エイドは水かスポドリのみ。
飴すら置いてないので、時間がかかる人はジェル必須。
ゴール後には、茶そばのふるまいがある。
<走り>
まだ1回しかハーフをレースで走ったことがなく、3月に行われるびわ湖マラソンの調整としてエントリーしました。
当日は快晴で、暑かったほど。初めての宇治川マラソン参加で、初見コースです。そしたら、まあなんと、坂の多いこと!ハーフなのに坂がきつくて、歩いている人もいました。走りながら、にしおマラソンを思い出した。
こんなに坂が多いのに、よくまあ1:40以内に走れたなあ、と、ほっとしました。制限時間が厳しく、2:20だったかな。これは大量にリタイア者が出るレースだと思います。
こんなに坂のレースではなく、フラットなハーフで、90分を切りたい。
<沿道と宇治のみどころ>
宇治市中心街を抜けるコースで、宇治を知ることができて、とてもよかったです。沿道の応援がほぼ途切れることなく続くのも、すごいことだな、ありがたいなと思いながら走りました。
<会場>
車で行く人は、公園駐車場にたどり着く案内看板がないので、下調べ必須。
そして駐車場500円(現金のみ、1万円札は使えない)かかるのもポイント。
大会側が、もうちょっと案内してくれてもいいのにな、と思いました。
2026年3月12日木曜日
レース振り返り: 2025年11月16日:豊川シティマラソン 10km
レース振り返り: 2025年11月16日:豊川シティマラソン 10km
<記録>
42分30秒 総合160位/920人中 40歳以上男子46位/258人中
<靴>
Nike Zoom Fly 6 BLK 2024モデル
<所感>
豊川シティマラソンに出るのは、もう何度目だろうか。
コースはフラットで、10kmの自己ベストを狙うには、良いレースです。
そして前日に下見で走ったので、当日は距離感がよく分かってよかったです。
タイムはかなりいまいち。
気合が入っていませんでした。
でも友達ファミリーと子どもたちも一緒に参加できて楽しかった!
2025年12月17日水曜日
レース振り返り: 2025年11月8日:第14回ダイヤモンドトレイルラン チャンピオンシップ2025
2025年10月30日木曜日
公衆衛生医師を数値化することの愚かしさ
「公衆衛生医師」という言葉がある。これが指すのは、なにも保健所医師だけではない。いや、そもそも「公衆衛生医師」なんていう「人種」は存在しないし、この言葉は「行政で働く医師の育成と人材確保」が急務になって、やむにやまれず使われるようになった造語である。
公衆衛生は、コンセプト・マインドであって、特定の資格、職場、仕事内容や働き方で決まるものではない。「医師」の資格はオマケみたいなもので、公衆衛生は医師の専売特許ではない。
ところが、とある大学から調査依頼が来た。
「保健所長の先生たちの出身大学を調べているので、出身大学を教えてほしい。大学の運営に関する『学外有識者会議』で、保健所長の状況や保健所長(公衆衛生医師)の育成について質問があり、現況を調査することになった。」
詐欺?
いや、本物の問い合わせです。
え、えー・・・。
そもそも個人情報を聞き出そうという態度に問題があるけれども、百歩譲ってそれはいいです(隠してないし)。しかし、大学教育としての成果を、保健所長の多寡で評価できる(かも)と思ってるなら、それは大問題でしょう。まさか、自分とこの大学から、卒業生が◯人「保健所長になったか」で、公衆衛生への貢献度を測るつもりだった?
趣旨を確認したところ
「大学の状況を数値として『見える化』させることに取り組んでいる。そして、大学は地域に貢献したい。その『貢献度』を把握したい」
とのこと。
ほーら、やっぱり。
そもそも大学教育というものは、「成果」として、将来「〇〇に何人」と「数値化できるもの」であるワケがない。◯◯大卒が保健所長に〇人いるから、大学での教育はうまく行っている、なんて言えるワケがないし、出身大学なんて仕事に関係ない。そもそも職場は、臨床でも研究でも行政でも民間でも、本人が公衆衛生のためにやっていると思えばそれは公衆衛生です。繰り返しになるけど、公衆衛生はコンセプト、マインドであって、働く場所で決まるのでもなければ、職種でも、肩書でもない。
ということで、この大学からの問い合わせは、実は「個人情報を問い合わせたこと」が問題なのではなく、このような問い合わせをしてしまう「大学の公衆衛生医師育成へのスタンスの問題」だ、と私は受け取りました。つまり、この大学は「公衆衛生医師育成」を、たぶん何もしてないな、と。
たとえば内科だろうが外科だろうが「公衆衛生に資する仕事をする」と卒業生が考えるようになる教育を、大学にしていただきたい、と私は思っている。どんな職場のどんな立場にいようとも、公衆衛生の一翼を担う自覚が必要だし、そうでなくては公衆衛生は良いものになっていかない。
数値化、見える化、そーいうものを求められる側のツラさは分かるけど、「職種や肩書では測れない教育をやっている」と大学が胸を張って言えるようになってほしい。大学が公衆衛生のマインドを持っていれば、大学教育の「成果」をそもそも数値化することになんて頼らない、はず。
2025年10月23日木曜日
chat GPTに相談しました。
『それは〇〇法違反であり、保健所に電話をしたほうがよい』
とのことだったので、保健所に電話した。」
・・・衝撃。
AIに相談して「保健所に相談したほうがいい」と「言われたから
なんで自分で判断しないの?
なんでそんな簡単にAIの言いなりになるの?
なんでそんな簡単に「自分」をAIに売り飛ばすの?
あなたの人生はAIに相談して答えをもらう人生か?
もしAIが
「口から食べると虫歯になるリスクが上がる」とか言ったら
口から食べるのをやめるのか?
いや~、これには衝撃を受けた。
この衝撃をなんと形容していいか分かりません。
でも、これは何かの「病態」だと思います。
2025年8月3日日曜日
レース振り返り: 2025年7月20日:ontake100の100km部門
レース振り返り: 2025年7月20日:ontake100の100km部門
<記録>
・時間:15時間21分40秒
・順位:総合456位/1084人中
・区間記録
St→CP1:6:54:42
CP1→CP2:4:00:05
CP2→Fin:4:26:53
<距離>
大会発表99.78km、累積標高2639m
測定距離97.63km、累積標高2473m(大会GPXデータでナビゲーションしながら走った)
<レース概要>
王滝村の林道を使って行われるウルトラマラソン。累積標高はそんなに高くないのに、100kmでITRA4ポイントもらえるので出場した。160km部門に出るには、100kmを14時間以内に完走していることが条件。
100km部門は真夜中0時スタート。松原スポーツ公園に昼間から車で乗り付けて陣取ってもいいけれど、食事と体力のことを思うと、宿を取ったほうが良い。私は16時チェックイン→17時に風呂→18時に夕食→19時就寝→22時起床→22時45分チェックアウトで王滝村の宿を利用しました。
<走り>
今回は、最初のエイドまでは何とか走れたが、そのうち右腸脛靭帯炎になって走れなくなった。第一エイドを過ぎて30km地点くらいで「55kmの第一関門でやめよう」と思った。ただ不思議なもので、ドロップバッグを受け取り、出る準備をしていたところ、心なしか回復して完走はできそうだと思ったので、続けることにした。とはいえ痛みは継続し、その結果、60kmくらい歩き倒した。もし走れていたら「14時間」はそれほど難しい関門ではないだろうと思う。
前回のテイネトレイルでは、ゲレンデの下り以外では痛くなかった。でも今回は痛みがずっと続いてしまい、「歩きからやり直しだ」と反省しきりとなった。40-50kmを越えると痛くなるのでは、100mileなんて完走できそうにない。
<エイド>
OSJなので、水と塩飴くらいしかない、と思っていたら、各エイドでオレンジ3切れ、バナナ2切れが提供されて驚いた。水分も水だけではくスポドリ(パラチノースやチャレンジャー)が提供されていて、新城トレイルとかに比べたらとても充実していると思う。
55km地点のドロップバッグには自分が入れたいものを入れておけるし、OSJを分かっている人にとっては補給で困ることはないだろう。OSJを知らない人や、ロードのマラソンしか知らない人は、基本、必要なものはすべて自分で用意する、という気持ちで臨むと良さそう。エイドで補給すればいい、と思っていると危険である。そもそも山だしね。
<必携品>
ストックはキャップして。
ドリンク500ml以上、行動食、レインウェア(上下)、ライト(点灯確認済み)、サバイバルシート、救急セット(ガーゼ、消毒液、絆創膏など)、携帯電話、携帯コップ(エイドステーション用)、熊鈴、テーピング用テープ(80cm以上×3cm以上)
<持っておくと良いもの>
・背中から日の光を浴びるので、首や膝のうしろにも日焼け止めクリームを塗っておくほうが良い。
・55kmのエイドからは、帽子はキャップよりもハットがよさそう。キャップの場合は、首回りにサンシェードがあるほうが良い。
・水は1Lあれば良い。すべてのエイドで水を満タンにして出発する。
87km地点にある最後のウォーターエイドからゴールまでが意外と時間がかかり、そこでだけは1Lだと足りなくなった。途中の湧き水を汲んで事なきを得たが、元気に走り切れる場合は、そんなに心配せずともゴールに着くと思われる。
<100km超の「ロング」で実感する身体の変化>
今回は、とにかく走れない、という残念な結果に終わってしまった。ちゃんと走れればontake100は14時間を切れると思ったので、来年度以降の宿題とします。コース自体は変化が少ないと言われるけれど、ずっと走れるコースで、レースに没入できるので、私には合っていると思えた。
そして今回、もっとも感じたのは、レース終了後の身体が、エネルギーや休息に対して敏感になる、ということ。50kmくらいでは疲れることはあっても、それ以上の感覚はない。でも今回は、レース後には、すこし寝るだけで足が回復する、とか、食べると元気になるとか、水分を身体が欲していることが分かるとか、そのような「身体の回復を実感する」ことを久しぶりに味わうことができた。
これは病みつきになる良い経験です。
そして真夜中0時スタートでは、星がとても綺麗でした。
星空を見ただけで、王滝村に来た意味があったと思えるほど。
さすが王滝村!
